薄着・淡泊な食事・薬の控えめ
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乳児の病気は、食べ過ぎによるものである。『事親』に言う:「現代人は幼子を育てる際、胃腸の許容量を顧みず、泣き声を聞くやいなや飢えだと決めつけ、急いで乳を口に押し込む。量も知らず、吐くまで与え続ける……生まれたばかりの赤子は、泣き叫ぶことしかできず、それが唯一の力である!」小児の「腸胃は繊細で脆く、空腹と満腹が変わりやすい」。乳食の量が適切かどうかは、小児の健康に大きく関わる。乳食量が少なすぎれば栄養不足を招き、多すぎれば消化不良により嘔吐や下痢などの症状を引き起こす。乳汁は「その性質が水であるため、過剰に摂取すると逆に湿気へと変化する。湿熱が相まって、吐痢の病が生じるのである」。親として子を溺愛し、泣き声を空腹の表れと誤解したり、多食が成長に役立つと考え、乳食を与えすぎると、脾胃を傷める結果となる。脾胃が損傷すれば、直接的に成長発育に影響し、生涯にわたり病気を招く。ゆえに乳食は「時節をわきまえ、節度を重んじる」ことが肝要であり、「少し食べられるようになったら、口を開けるたびに与える」ようなことは避けるべきである。張氏は、泣きは気熱を泄らすことができ、小児の健康に有益であると考える。
薄着で風通し良く、寒暖適度を保つ
過度の暖かさは百病の根源である。張氏は、乳児は普段薄着で風通し良くし、火で暖を取るべきではないと主張する。『事親』に曰く:「今の人々は幼子を育てる際、真夏に綿の衣で腹を包み、一日中抱きしめ、人の気(体温)で蒸す。少し寒さを感じると密室に閉じ込め、毛布の下で寝かせ、暖炉や炕で暖め、微寒も入らず大暖も漏らさぬようにする」。張氏は「老衰した者でさえなおそうすべきでないのに、ましてや純陽の幼子であるか!」と指摘する。」と述べ、自然の摂理に従い、遊びを通じて血行を促進し、筋骨を鍛えるべきだと説く。その養育法はこうだ:「子供が座れない時期は、赤い敷物の上で寝かせる。寒くなっても厚着はさせず、綿ではなく布で包む。座れるようになれば、鉄の鈴や木製の壺など遊び道具を細い紐で繋ぎ、水盆に浮かべて浮き沈みさせ、音を鳴らせて遊ばせる。酷暑の時には傍らに座らせ、水をすくって鈴を弄ばせ、熱気を散らすようにする。」四肢は諸陽の根源であり、手が冷たい水に触れることで陰気が心に達し、これこそ薬を用いずして病を治す法である。
病気を防ぎ病気を退けるには薬の選択が肝要
小児の臓腑は繊細で、形気(肉体と気力)が未発達であるため、寒熱虚実の変化が極めて速く、安易に薬を用いることはできない。『事親』に載る:「丙戌の年、子供たちが皆下痢を患ったが、薬を与えた者は皆死んだ。医者が湿熱の理を理解せず、温燥の法で治療したためである。ただ陳敬之だけが薬を与えず、私の言葉を聞き入れたため、病児だけが生き残った。」」張氏は陳敬之の子が下痢を患った事例を挙げ、凡庸な医者の誤った処方の害と、病気を治療せずに中医の理に従うことの重要性を説明し、張従正の卓越した見識を十分に示している。張氏の言う通り「薬を控えれば、病は自然に治り、凡庸な医者の熱性薬による攻撃を受けない」のである。『育嬰家秘』には「病状に合った薬を用いれば病は治るが、逆であれば元気が損なわれる。小児の元気は限られているため、誤った処置は必ず病を招く」と記している。張氏は特に予防と養生を重視し、「未病の段階で養生法に従えば、そもそも病は生じない。仮に軽い病気があっても、薬を服用しなくてもよい」と指摘している。
以上から、小児を過度に愛護する病には三つあることがわかる:一に飽食、二に過度の保温、三に過剰な投薬。これに対し張氏は薄着・淡泊な食事・少量の薬という育児観を提唱し、育児の理を明らかにしただけでなく、臨床にも大いに役立つものである。子を思う心は人の常情であるが、愛し方には方法がある。さもなければ、子を思う心はかえって子を害する結果となり、悲しむべきことではないか!
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