旧暦12月23日は小正月
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小年の伝説物語。旧暦十二月二十三日、俗に「小年」と呼ばれる。なぜ十二月二十三日は「小年」と呼ばれるのか?小年の伝説物語を、以下にご紹介しよう。
小年の伝説
昔々、天には二人の神様がいました。大いなる神様は「大年」、小さな神様は「小年」と呼ばれていました。大年は心優しく、人々を慈しんでいました。五穀が育たない寒い季節になると、人々が飢えるのを恐れて、天から小麦粉を降らせて食べさせていました。小年は大年の実の兄弟でありながら、心は邪悪そのものでした。彼は邪術を使って、大年が人々に撒いた白粉を雪の粒に変えてしまいました。これを食べても空腹は満たされず、お腹を冷やしてしまいます。人々が病に倒れるのを待って、彼は巨大な牙を持つ猛獣に変身し、人々を食い尽くしました。腹いっぱいになると、彼は寝床につき、360日も眠り続け、目覚めるとまた人を食い始めました。人々は小年が三百六十日に一度しか現れないと知りつつも、どこに隠れても逃げ場がなかった。香を焚き、頭を地面に擦りつけて、大年に裁きを請うしかなかった。
大年は小麦粉が雪に変わる現象や人里が寂れた原因をあれこれ推測していたが、人々の祈りを聞いて初めて小年の仕業だと気づいた。彼は怒り心頭で小年を探しに行ったが、小年は全く意に介さず言った。「お前は自分のことをやればいい。俺が人を食うのが何だ?お前の邪魔になるか?」大年は理不尽な態度に腹を立て、手を上げて殴ろうとした。ところが小年は悪意に満ちており、逆に大年を地面に叩きつけ、さらに獰猛に言い放った。「同じ母から生まれた兄弟だなんて、そんな情けはかけない。お前も食ってやる!」
小年に勝てない大年は自ら下界に降り、人々に告げた。「小年は雷と火を恐れる。次に現れたら、油松の薪で青竹を囲み、火を囲んで座れ。そうすれば降りてきても人を食えない」」人々は大年の言葉を覚え、小年が降りてきた時、乾いた松の薪で青竹を燃やすと「バンバン」と激しく音を立て、炎が人を焼くほどになった。小年は焦ってぐるぐる回りながら歯ぎしりしたが、どうしようもなく、空腹のまま帰らざるを得なかった。これが大年の策略だと知った小年は、大年を襲いに行った。大年は仕方なく、人々が燃やす火の輪の中に飛び込んだ。小年は歯ぎしりしながら言った。「火の術を極めたら、お前たちを子供一人残らず食い尽くしてやる!」
日が昇り日が沈み、草は青々と茂り、枯れ草は黄色く色づく。凶暴な小年は三千五百九十九日間眠らず、ついに火の術を極めた。あと一日でまた人間を苦しめに行くのだ。
一方の大年は、とっくに準備を整えていた。彼もまた三千五百九十九日間眠らず、昼夜を問わず気力を鍛え、武芸を磨いてきた。あと一日で山を下り、小年と決着をつけ、人類を害から守るつもりだった。
ちょうど三千六百日目の中頃、大年と小年は空中で正面から激突した。小年は、大年を倒さなければ自分が安住できないと悟り、戦いを仕掛けた。大年もひるまず応戦し、二人が戦うと黄砂が舞い上がり、雲と霧が天を覆った。これが後に春に風と霧が多くなる理由となった。
三十二日も戦い続けた小年は焦り、口を開けて大年を飲み込もうとした。大年は慌てて手のひら雷を掲げたが、小年は身を翻して高い場所へ逃げ込んだ。大年が追いかけて上へ上へと打ち続けると、小年はひたすら上へ上へと跳び続けた。これが二月二日に雷鳴が鳴り響く理由である。
大年はさらに七十四日間追いかけたが、掌雷では彼を倒せないと悟り、追撃を諦めた。しかし小年は兄の雷が尽きたと思い込み、ひっくり返って大年を捕まえようと急降下した。大年は身をかわすと、背後から真っ白な大蛇を引きずり出した。その蛇は口から炎を吐き、小年にまっすぐ焼き向かった。小年が避ける間もなく、大年は轟天雷を口から放った。小年は身をかわし、口から黒い水を噴き出した。火を消せず雷を濡らすこともできなかったが、自分だけは守った。大年が追いかける、小年が逃げる、天が揺れ地が震え、大雨が降り注いだ。これが夏の稲妻と雷鳴、豪雨の由来である。
小年は戦い疲れて海に飛び込み眠りについた。大年は急いで太陽を昇らせ、五穀を熟させ、二人の戦いで人々が飢えるのを防いだ。
小年の伝説物語は、まだ続く。さあ、一緒に聞いてみよう。
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