春の「恋慕」の調べ
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01
早春、陽射しが強く照りつける。暖かな陽光に、冬の間眠っていた万物が瞬く間に目覚めたかのようだ。空気中には、心を癒し、深く息を吸い込める甘美な香りが漂っている。
私は子供を連れてこの穏やかな春の中を散歩した。詩人の言う「禅の心が月に映り琴は水のごとし、蝶を弄び花を飛ばす柳は煙の如し」という優美さを感じ、あれこれ考えた末、寺や禅院こそが清雅で悠々とした良い場所だろうと思い至った……
遊び好きで好奇心旺盛な子供は、通り沿いの小さな店前に立ち止まり、蝶を捕まえる網に一目惚れした。「すごく、すごくたくさんのきれいな蝶を捕まえたい」と言う子供。ふと私の目にも、とても珍しい数珠が留まった。私たちは二人とも心から嬉しくなった。
02
「大雄宝殿」に入ると、堂内には新年の賑わいはとっくに消えていた。寺で線香を焚くなら朝か午前中がよいと聞くが、今はもう午後。それでも私は子どもの小さな手を握り、仏様の前で恭しく拝んだ。
来る道中、多くの線香売りが行商し「お香をどうぞ、ご平安をお祈りします」と声を上げていた。私はただ気ままにこの旅をしているだけだから、わざわざ祈る必要はないと思っていた。
偶然にも、大殿内に無料で提供されている線香を見つけた。近づいて、自分も数本お香を焚こうか迷っていたところ、すると老僧が私の心を見透かしたように、優しく「九九は一に帰す。一はすなわち多なり」と囁いた。
一本の線香に火を灯し、高く聳えながらも慈愛に満ちた仏様を仰ぎ見ると、心は空っぽだった。私は何も願わなかった――福であれ禍であれ、全ては「恩賜」なのだと。
03
青石で敷かれた小道、刻まれた蓮の花が、幽玄な梵音が響く禅院の間に咲き誇っている。
子供は静かに私の傍らで見ていた。私が立ち上がると、待ちきれずに叫びながら、心の中の蝶を追いかけていこうとした……
澄んだ湖水を見つけると、子供はすぐに手にした「網」を振りかざし、群れをなす愛らしい金魚のそばへ駆け寄った。
「ママ、どうして捕まえようとすると全部逃げるの?捕まえないとまた戻ってくるのに?」子供は不思議そうに叫んだ。
私は言った。「すべての命は自由を愛している。自由は私たちの最高の友達なんだよ」
すると、子供はいたずらな魚を捕まえられないと騒ぐことはなくなった。振り返ると、水中で自由に泳ぐ魚たちと「かくれんぼ」を始めていた。その無邪気な笑い声は、岸辺でひっそりと去ろうとしていた紅梅をも楽しませたようで、一筋一筋の梅の香りがますます濃厚になり、人を酔わせるほどだった。
04
同じ場所を何度も歩んできたのに、毎回「初めて見る」ような新鮮さがある。美しい世界は常に異なる側面を見せてくれ、「横から見れば山脈となり、横からすれば峰となる。遠近高低で様々に異なる」という真意を実感させてくれる。
私たちは傾斜した上り坂を歩む。古杉の森は厳かで清らか。おそらく先ほど水を撒かれたばかりだからか、空気には素朴で清々しい香りが漂っている。背中に乗った子供が、私が紹介した「江北杉木第一林」と呟いている……
05
三歳の子の手を引いて登山する姿は、通りすがりの人には「邪魔者」に見えるかもしれない。
一人なら気楽だが、二人となれば影のように密着する。無邪気で愛らしい子が同行することで、私は責任感に満ちた喜びと甘美さを得た。幼い息子を連れて無理に山頂を目指す必要はなく、疲れたら「歩けたところまで」で十分だ。
松軒亭に着いた頃、私は少し疲れていた。そこで引き返すことにし、先ほど登っていった人々を見上げると、子供はまるで勝利の戦士のように、通り過ぎる人々に興奮して歓声を上げていた。その喜びを隠せるはずがない。
06
帰り道、またあの可愛い魚の群れに出会った。まるで久しぶりの友のように、自然と私たちのそばに寄ってくる。色とりどりの魚の大群を見て、興奮した子供は思わず、私が教えた唐詩を口ずさんだ。「紅豆生南国、春来発幾枝。君よ多く摘み取れ、この物こそ最も相思の情を伝える」
力強くも幼い歌声が、つぼみをつけた茶花の庭園に響き渡り、この光景はまさに羨望の的であった。
私たちは手にした「網」を振りながら、気骨ある寒梅に名残惜しく別れを告げ、顔を上げて「桃の枝は赤々と咲き誇り、その花はまばゆいばかり」という春が待ち遠しく訪れた。早く来て、この木いっぱいの「春の華」を目覚めさせてくれ!
花の香りと蝶の舞、鶯の歌と燕の舞が織りなす良き時を、春の「想い」を歌った一曲に心ゆくまで浸ろう。
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